“いいもの”ってなんだろな?

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いいものが手に入りました!いい買い物ができました!と言われると、そのものを作った人、サービスを提供した人はなんであれ嬉しいことだと思う。
"いいもの"を作るとういうことは思いのほか難しく、また全ての人に対していいもの、いいことはありえないのもまた当然だ。

顧客満足とは何か

対価を貰ってすることである以上、なるべく依頼主の観点でいいものを作るのは当然かと思う。ただ、意外とよくある話なのだが、依頼主の望むものが一般的に良くないものの場合もある。
依頼主は、当然自分の求めるものを依頼先に作らせようとする。もちろん制作者も、依頼主の希望をなるべく叶えようとするわけだが、依頼主の希望が"悪いもの"である場合の対応はむずかしい。

製作者は依頼主に対して、大体の場合は丁寧に説明し説得しようとするし、それで納得してくれて、最終的にできたものを喜んでもらえる場合もあるが、聞く耳を持たない人に対しての仕事ほど難しいものはない。
弊社だけに限らず全ての提供者にとっての課題とも言えるだろう。残念ながら、結果から見ると、製作者の意思を尊重しすぎると結果として効果の低いサービスになってしまうことが多い。

納得しない人を、うまく納得させるには?

16世紀のイギリスの哲学者、フランシス・ベーコンは著書「ノヴム・オルガヌム」の中でそのヒントを語っている。
ベーコンの主張は自然・哲学・政治と多岐にわたるが、本コラムに関係しそうな部分だけを抜粋すると次の2点だ。
・演繹法は飛躍や思い込みの危険を招き、帰納法こそが真実に近いこと。
・人はイドラに捕らわれがちなこと。
簡単に説明すると、ある事実から論理的に真実を導き出そうとすると、思い込みや飛躍によって、真実とは全く違う結論に達してしまう事。帰納法、即ち個別の実験結果から真実を導き出すべきだということ。また、イドラとは「思い込み」の一種だ。

ここで面白いのが「劇場のイドラ」。権威あるものや力のある発言は信じてしまうというもので、人は、TVで言っていることや、どこかの大学教授、有名企業の社長が言ってることは信じる。というようなことだ。

真実と、納得できる物・信じている物は"必ず違う"

経営者たるもの、当然ながら自分の事を信じている。我々のような小さなWeb会社の説明などよりも、自分の勘を信じ、結果として「自分にだけいいもので、他の人にとっては悪いもの」を求めていることがままある。
依頼主は、勘や推測から"論理的"に結論を導く演繹法だ。反面、業者は経験や結果から結論を知っているので帰納法である。
どちらが正しいかに議論の余地はない。

しかし、あなたはこのコラムを信じてはいけない。
なぜなら、ここで著名哲学者であるベーコンの名前を出したことによって「そうかもしれない」と思う事そのものが、劇場のイドラであるから…