歴史を見れば、Webの未来が見えてくる

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Webやインターネットに限らないが、全てのことは歴史を知らずして現在、または未来を見抜くことはできない。よしんば予測がたち、たとえそれが的中したとしてもそれは勘と偶然以上のものとは言えない。

当然ながら、私自身全てを見通せるわけではないが、ゲームウォッチ、ファミコンとともに幼少期を駆け抜け、iMacやWindows95から、独学でプログラミングを磨いてきた。歴史とともに体験があるデジタルネイティブ世代だと自負している。

Webに関して少し狭く歴史を見ていこう。

まず最初に登場したのは単純記述のホームページ。シンプルに、背景の色は緑、文字の色は黒、と指示しながら文章を書くだけだった。

時を同じくしてGIFアニメやMIDI音源が人気を博した。まさに、ファミコンや、スーパーファミコンのような雰囲気をWeb上で再現した世界だった。

時代は進み、デバイスが進化するにつれて、コンテンツ系のWebサイトがその数を増やす。誰もがYahoo Japan!を知っている時代の到来である。

メインメモリ量の増加に伴い、クライアント側コンピュータ上での演算が必要な、FlashやJavaScriptがWeb制作のステータスとなった。

今ではWeb制作の現場では re-usable、共通規格、特殊性の排斥、オープン化、が至上命題となっている。

そして、その次はどこへゆくのか。

Web上は進んでいる、近未来の具現である。と、思われているかもしれないが、私に言わせれば、Web上は実世界より50年ほど遅れている。1950年代に「最強」と呼ばれていたものこそが「共通規格」であった。

次に訪れたものは、クリエイティビティ。「創造力」こそが最も重視された時代だ。しかしながらクリエイティビティの天下は短い。より圧倒的な利便性に取って代わられるからである。

ちょうど、カセットテープ → CD → ダウンロード の流れと同じように。

規格が統一され爆発的に広まり、その後、CDになって音質は向上、アーティストがこぞって、ジャケットにいたるまで、創造性を発揮した時代。それも終わりを告げ、今や、mp3圧縮音源の配信という圧倒的な利便性に対して、音質の良さや創造性、アーティスト本来の魅力は低位に甘んじている。

今Web上は、規格統一から創造性への境目だと言える。Web上でアーティストが生まれ、現実世界のスターもまたWeb上でスターとなる。クリエイティビティや、そのものの魅力が力を発揮している。

その次に到来するのは圧倒的な利便性。

現在、息を吸うのと変わらない感覚で音楽を聴いているように、Webを利用する日が到来する。それも、息を吸うことを意識しないのと同様に、無意識のうちに。

ニッチを攻めるならば、最後まで創造性を貫いてもいいだろう。趣味の世界はどこまでも深く力強い。付加価値に生きることが悪だとは言わない。

しかし、自分の選ぶ道とは関係なく、Webの世界は「圧倒的利便性」へと動き出すことは間違いない。

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